蛇の口より光りを奪え

ひなたざかの父です。あいかわらず雪は降りませんが、真冬らしい寒さになりました。

冬空の果樹園。土のしめり気。風に背を向けて、ほうろうのカップ。粉っぽいコーヒー。湯気は流れてすぐ消えた。

そんな中でカロッサの従軍日記を読んでいました。ふるい文庫本の粗い紙。活版の文字。硬質な文章が愈々身に沁みます。

十一月十七日。未明銃撃があったが、ほどなく熄んだ。陽が出ると空が晴れた。透明な雲の薄い膜のうしろには、胚種のような形をした黄金色の、虧け行く月しろが懸かっていた。担架卒が来着して、漸次全負傷兵が運ばれて行った。ピルクルは居残らねばならぬ。脈がほとんどなく、屍体になってオイトーズヘ行くことだろう。弟が一時間の暇を貰ってピルクルを見舞ったが、もう話もできない状態になっていたので、その一時間を利用してまだ息のある兄のために墓穴を掘り、十字架を削り、その上に青鉛筆で丹念に戦死した兄の名前を書き誌した。


(カロッサ『ルーマニヤ戦記』高橋義孝訳 新潮文庫 1956)