晴耕雨読というし、長梅雨だし

以前は本を読む暇もなくて、忙しい忙しい、と思っていたのが、なんだかこの頃、いそがしくたって本くらい少しくらい読んでもいいんじゃないか、と思うようになり、とりあえずそこらへんに転がっている本を読んでいる。

オットも似たような考えに至ったのじゃないか、と思う。なんだかこのところamazonで購入したらしき古本や中古CDがちょこちょこと届き、本やCDが詰め込まれた棚から、本やCDがあふれ出している。だから、読む本には困らない。オットの興味のある本しか読めないけれど、とりあえずあふれ出した本の中から適当なものを読んでいる。

でも先日は、そのような本の中から読んでいた本で、ひどく困らされた。本のせいで鬱々とした気分になり、そのせいで体調も悪くなり、その不調からしばらく抜け出せなかった。

わたしがいま本当に読みたいなぁ、と思うのは、生活の本だ。戦前・戦後を生きた人たちの、生活の書があれば、ぜひ読んでみたい、と思う。でも石井桃子さんの話からすると、その頃の文筆業につくような人は、たいていが苦労をしらない「手のきれいな男の人」で、生活をになっていたであろうごつごつした手のおっかさんたちの本というのはないのかもしれない。昔の人たちの日々の記録。

こうやって書いておけば、そのうちにオットがそのような本を買って、家に届くかもしれないと思いつつ、書いた。

なんだかプラスチックごみだとか、なんだとか、売っているものを買うことも、なにもかも、いやになることがある。スーパーでプラスチック包装していない商品だけを見つけて買うことは、不可能にちかい。豆腐屋さんがぷっぷーといってきて、お鍋をもって買いにゆけたらどんなにいいだろう。 そんな時代の本を読みたいなぁ、と思う。

今日は午後から雨予報なので、畑仕事は午前中で終わりにして、家に帰ってきた。午後からは、いただきものの無農薬あんずでジャムづくりをしようと思う。わたしは、働き者かもしれない。雨でも結局、働いているのだから。